保管車両

将来的に「管理車両」の仲間入りをすべく「保管状態」にある車両を御紹介致します。

9.蒸気機関車 D51形10号機

移設/搬入

2017(平成29)年3月

説 明

1000両を超える両数が製造された同形式の中でも初期に製造されたものは、煙突とドームが一体となった独特の形状をしており、別名「なめくじ」と呼ばれました。
本機は昭和11年3月に製造され、鳥栖機関区へ配属後は1度も福岡県を離れる事無く、最後は昭和47年3月に直方機関区へ転属、昭和48年9月に同区で廃車となりました。総走行距離は346万kmに達し、「直方の猛烈なめくじ」と記す書籍もあった程の機関車です。
廃車後、行橋市民会館横にて静態保存・展示されていましたが、市民会館の閉館・解体に伴い移設もしくは解体撤去が必要になり、行橋市は譲渡(移設)先を公募しました。
最後を迎えた直方へ里帰りし、今一度当時の姿に戻し、皆様方に見てもらい、私達が居なくなっても「D51 10」に古く良き時代を次世代へ運んでもらい、行橋市がこの蒸気機関車を解体撤去から救って頂いた事を後世に伝えながら永久保存したいと考え応募、当倶楽部への譲渡となりました。
平成29年5月から修復作業も始まり、そのもようはホームページやフェイスブック等で随時、紹介させて頂きますので、是非ご覧下さい。

 
8.セラ1形石炭運搬車  セラ1200

移設/搬入

2004(平成16)年4月

説 明

1957年から1965年にかけて4,000両以上が製造された、17t積み石炭輸送用貨車で、九州地区の石炭輸送に大活躍しました。車両の構造上、最高運転速度が旧来の石炭車同様65km/hに制限されたため、1968年10月のダイヤ改正後は側面に黄色の帯が標記され、識別のため記号に「ロ」が追加され「セラ」となりました。

石炭産業が華やかなりし頃は、本車両が50両〜60両も連なった石炭輸送列車が蒸気機関車に牽引されて若松・戸畑方面へと駆け抜けたものでした。

九州鉄道記念館にも同形式が1両、保存/展示されています。

 

7.トラ45000形無蓋貨車  トラ148140

移設/搬入

2003(平成15)年7月

説 明

第二次世界大戦前に作られた雑多な2軸無蓋貨車の置き換え・補充を目的として、1960年から1963年にかけて8,000両あまりが製作された、17t積みの2軸無蓋貨車です。

但し、容積の大きい荷物の場合は、荷重が15tに制限されるため、特殊表記符号「コ」(標記トン数が17t 及び15t と併記)を前置し「トラ」と標記しています。

国鉄の分割民営化以降は、コンテナ車の台頭など輸送形態の変化もあって、その姿は殆ど見られなくなっています。

そんな中、JR四国では1両がトロッコ列車「しまんトロッコ」号用として改造・使用されています。

 

6.ワム80000形有蓋貨車  ワム185874

移設/搬入

2003(平成15)年7月

説 明

1960年から1981年までの21年間で26,000両あまりが製造された15t積み2軸有蓋貨車です。「ハ」の小文字表記は「パレット輸送」を意味し、当初は「パ」だったものが後年、変更されたもののようです。

国鉄時代は、有蓋貨車/無蓋貨車/タンク車など目的別の貨車達が「ヤード」と呼ばれる集結地で行先毎に繋げられたり、或いは切り離されたりする姿が見られたものですが、輸送方式(形態)の変化などにより1984年頃から大量に余剰が出始め、民間払い下げの上で倉庫代わりに利用される例が各地で見られました。しかし、最近はそれもめっきり減っているように思われます。

 

5.ヨ8000形車掌車 ヨ18046/ヨ18047

移設/搬入

2002(平成14)年10月

説 明

従来より使用されていた車掌車の補充及び老朽化した車掌車・有蓋緩急車の置き換えを目的とした車掌車で、1974年から1979年にかけて1170両が製造されました。便所の設置や蛍光灯化、石油ストーブ暖房の採用など、乗務環境の改善が図られています。

しかし、1986年に貨物列車への車掌乗務が原則廃止となると、本来の用途そのものが失われてしまいました。

JR九州では、特急「有明」が当時非電化だった豊肥本線・水前寺へ乗り入れを行う際のサービス電源車として改造・使用された事もありました。

 

4.43系客車 スハフ42 218(部分)

    

移設/搬入 2003(平成15)年7月
説 明

急行列車への使用を主体とすることを前提に1951年より製造された客車で、優等列車からローカル線の普通列車まで幅広く運用されました。スハフ42形は車掌室を備えた車両です。

国鉄時代は全国各地で当たり前のように見られたものですが、気動車や電車の台頭により、客車列車そのものが姿を消して行きました。

本車両はもともと丸1両あったのですが、移設前の時点で既に腐食が激しかったため、車掌室側の半分のみを移設・保管しています。

 

3.50系客車 オハフ50 1276

    

移設/搬入 2002(平成14)年12月
説 明

地方都市圏の通勤・通学時間帯の普通列車へ、旧型客車から置き換えて使用する目的で1977年より設計・製造された客車形式で、赤色の車体色から「レッドトレイン」の愛称で親しまれました。オハフ50は車掌室を備えた車両です。

筑豊地区では2001年に筑豊本線の折尾〜桂川間と篠栗線(通称:福北ゆたか線)が電化されるまで使用されました。晩年には冷房取付改造が施され、殆どの車両は屋上のベンチレータが撤去されたのですが、この1276番は何故かベンチレータが残存しています。

2000年12月に運行された当倶楽部主催「59647号機 静態保存記念列車」に使用された客車も本形式の6両編成でした。

 

 

2.軌道モーターカー No.1/No.2

    

移設/搬入 2003(平成15)年1月
説 明

主に鉄道の保守(保線)作業に使用される小型の動力付き車両で、写真の形式(TMC−100)については1956年頃より量産が開始されました。
駅構内の片隅にチョコンと留置されている姿を見た方も多いかと思いますが、逆にこの車両が本線上を走行する姿を見る機会は殆ど無いと思います。
(保線作業は主に深夜の時間帯ですので・・・)

汽車倶楽部には現在、2両のモーターカーが保管されています。

 

1.DD16形ディーゼル機関車(64号機)


    
移設/搬入 2002(平成14)年12月
説 明 C12/C56形のような小型の蒸気機関車が活躍していた線路規格の低い路線への対応を目的として1971年より製造が開始された小型液体式ディーゼル機関車で、65両が製造されました。

エンジンは800馬力仕様の12気筒を搭載、また保守の共通化を図るため、DD51/DE10などと部品を多数共用しています。

この64号機は1974年製で、新製以来鹿児島機関区に所属し、主に入換等で活躍しました。

Back